引退ブログ 4年 藤波宏太郎
- ホッケー 立教
- 3 時間前
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お久しぶりです。藤波宏太郎です。
朝起きるとLINEの通知がありました。どうやら引退ブログを書くようです。溢れんばかりの4年間の思い出に浸っていたところ、1ヶ月近く時間が経っていました。本当にすみません。
この1ヶ月の間、色々なところへ行ってきました。サハラ砂漠ではラクダに乗って移動し、朝日を拝みました。地平線を押し広げるように顕在化する光の輪郭が……などと調子に乗った作文をしているとこうたに怒られそうなのでやめておきますが、その朝日と同じくらい美しかったのは、砂漠のキャンプで覗いたホッケー部のストーリーでした。そこに映る富士見の空、練習に励む後輩たちの姿は砂漠の空と同じくらい青々としていて、感動したことを覚えています。
街中で高校生が楽しそうにしているのを見て、青春だな〜と浸りがちな最近ですが、大学も青春だったんだな、と当たり前のことに気づかされました。
引退ブログを書くにあたり、先輩方のブログを拝読しました。あまりの秀逸さに、自分もやってやろうとChatGPTを開きましたが、機内では使えないようです。引退ブログくらい自分の言葉で書けよと言われた気もするので、ここからはホッケー部での4年間を思いのままに振り返ってみようと思います。
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高校までサッカーを続けていましたが、大学でも続けようとは思いませんでした。一貫校で育ってきた自分は、周囲の友人や環境に大きな変化がなく、大学では何か新しいことをしてみたいと漠然と思っていました。そんな時に出会ったのがホッケー部でした。
「新歓に行かなかった私を温かく迎えてくれた」みたいなことを書きたいですが、部活体験へ向かうバスの中で、「入部するまでは名前も何も教えない」と無言を貫く平野先輩との出会いで、早くも入部意欲が削がれます。
突然お邪魔した自分とあぐひかに、スティックの握り方からパスまで優しく指導してくれたあっきーさんがいなかったら、全く異なる大学生活を送っていたかもしれないと思うと不思議です。
入部してからは、ホッケーの難しさに驚きながら、上手すぎる先輩たちの練習を邪魔しないようにと必死でした。運良く1年生の早い段階から試合に出させていただきましたが、いかに無難なプレーをするか、ミスをしないかばかりを考えていました。
皮肉なことに、こうした思考はかえって自分の精神を削っていたようで、りくさんからのパスには毎回手が震えていたことを覚えています。
上級生になって分かったことですが、慣れると余裕も出てくるし、後輩のカバーだってできたりします。それに次の代も、献身的なやつが多いと思います。1年生のミスひとつで試合が壊れるなんてことはありません。伸び伸びとプレーして、色々と試してみる。そんな考え方が早く成長する秘訣かもしれません。
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2年生になると、試合に出る同期が増えていきました。相対的に自分の出場機会は減り、いよいよ迎えた大会でのメンバー外は3年春まで続きました。
練習では別メニュー、練習試合は見るだけ、公式戦ではベンチにも入れない。それまで試合に出ていたという悔しさもあり、同期の活躍を素直に喜べませんでした。
特に印象的だったのは、駒沢での公式戦です。ユニフォームに着替え、スパイクを履き、アップに向かおうというタイミングでのベンチ外。そこから駒沢公園ラーメンフェスまでの記憶が思い出せません。
この時期は淡々と振る舞っていた気がしますが、試合に出られない悔しさと、試合に出てもミスを恐れて自分自身を縛ってしまう負の連鎖が、とても苦しかったです。
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3年生になると、レジェンドに出会いました。コーチとして来ていただいたまゆみさんです。技術的な指導はもちろん、メンタル面で大切なことを教わりました。自信につながる言葉もいただき、モチベーションも上がりました。本当にありがとうございます。
ただ、日頃の練習をどう変えればいいかは曖昧なままでした。
そんな時、同期のはるとがドイツ留学から帰ってきました。タンクトップに黒いスティックを担いでグラウンドへ歩いてくるその大胸筋は、留学前とはまるで別人でした。
練習に合流してからは、力強いストロークと筋肉で1年間のブランクを感じさせないどころか、すぐに試合に出る勢い。とにかく焦りました。同時に、頑張り方は真似できるとも思いました。
とにかく声出して、走って、ご飯おかわりする。まさに自分に足りていない部分でした。
はるとと行くしゃぶ葉は、「ご飯は美味しく食べるもの」という前提を覆す、まさに革命でした。
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そんなこともあって、秋には再び試合に出ることができました。特に印象深いのは1個上の引退試合です。先制点に絡めたこと、プレーを見た同期やマネージャーが自分のことのように喜んでくれたこと、試合終了の瞬間におりけんさんとグラウンドに立てたこと、先輩たちを勝利で送り出せたこと。色々含めて、一番思い出に残る試合です。
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4年生の始まりは好調でした。試合でも思うようなプレーができるようになり、ここからの1年が楽しみでした。ただ、当時感じた手応えの通りにはなりませんでした。
同期全員で引退できなかったこと、最後の大会を良い結果で終えられなかったこと、引退試合を見に来てくれた友人や家族の前で思うようにプレーできなかったこと、悔しい場面も多かったと思います。
引退試合では、ここまでの4年間がどれだけ多くの人に支えられ、どれだけ幸せな環境で過ごさせてもらっていたのかを、小洒落たメガネとセンター分けの先輩の拍手を見て実感しました。どうやらひでも同じことを思っていたようで、なおさら新入生には名前くらい教えてあげていいような気がします。
特に深いことは言えませんが、ここからはお世話になった方々にメッセージを書いちゃいます。
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監督・コーチ・OBの方々
4年間、大変お世話になりました。
お忙しい中、練習や試合に足を運んでいただいたことはもちろん、ホッケー部としての活動を円滑に進めていけるような環境づくりや経済面など、多方面から支えていただきました。また、撮っていただいた写真も宝物です。
皆様がつないできたホッケー部の歴史を、自分も来年からは支える側として、何かしらの形で関わっていけたらと思っています。
改めてになりますが、4年間本当にありがとうございました。
後輩
自分は「先輩」としての振る舞いが上手くなかったと思います。実際、みんなのことを後輩というより、友達みたいに思ってしまっています。だから、「こうした方がいい」とか「これをやっておけ」とか、伝えられることは特にありません。
そんなことしなくても、みんなすごいので大丈夫だと思います。チームのために発言できる人、ひたむきに努力できる人、周りを見て行動できる人、純粋に人を惹きつける人、それぞれにちゃんと強みがあって、総じて最高の後輩に恵まれたと思っています。
モチベーションが続かない時や、ほかにやりたいことができた時、人間関係がうまくいかない時、チームで生活していたらそう思う瞬間は絶対にあると思います。でも、一つだけ言えるのは、引退はめちゃくちゃ気持ちいいってことです。
引退試合、見に行きます。優勝して、笑ってる姿を見せてください。
先輩
未経験で下手くそだった自分を、丁寧に指導してくださったThe先輩方。本当にかっこいい先輩とは、こういう人たちのことを言うんだなと思いました。
すぐに調子に乗ってしまう自分は、きっと指導のしがいもなかったと思います。そんな生意気な後輩の面倒を見てくださり、本当にありがとうございました。
「後輩は先輩の背中を見て学ぶ」とは、まさにその通りだと思います。最初にそれを実感したのは、奢りの文化でした。自販機の前に群がるハイエナたちを見事にさばく先輩方の姿は、間違いなくロールモデルでした。
ちょけてしまいがちな自分ですが、たくさん背中を見せていただきました。ありがとうございました。またご飯、連れていってください。
家族
小学校入学前からずっと習い事をさせてもらいました。中高のサッカー部では「試合は見に来ないで」と言ったこともあったと思います。
ホッケー部の引退試合は、そんな学生スポーツの本当の最後の試合でした。自分が何をしてきたのか、何を頑張ってきたのかを見てもらえる、最後の機会だったと思います。
だからこそ活躍したかったし、いいところを見せたかったけど、やっぱり緊張しました。
それでも、ここまで続けられたのは間違いなく家族のおかげです。ありがとう。
ここまで、いかにも引退ブログって感じの振り返りをしてきましたが、正直ちょっと疲れてきました。まだ同期へ何も書いていないですが、多分みんな気づかなそうなので、直接会った時にでも言うことにします。
ただ、この部活での1番の財産はたくさんのアホ達と出会えたことです。
八村塁のTシャツしか着ない人、彼女とずっと電話してる人、車に芝生を生やす人、風呂で流れるプールをつくる人、変人を上げだすとキリがありませんが、そんなアホ達と過ごす日常が大好きでした。
もっと秀逸な内容も書けそうですが、そろそろ飛行機が沖縄に着きそうです。ただでさえ遅い便なのに、まだ引退ブログ書いてたのか、なんてキャプテンに呆れられそうですが、それもまた味です。楽しい4年間でした。また!
(編集:2年渡部)
写真付きのブログはこちらをご覧ください! →https://ameblo.jp/rikkyo01hockey/entry-12958465264.html

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