引退ブログ 4年 今井里菜
- ホッケー 立教
- 3月10日
- 読了時間: 12分
お久しぶりです。
昨年男子ホッケー部を引退しましたMG今井里菜です🐹
毎年この時期はオフの期間だったし、部活を引退した実感があんまり無かったんですが、「春練習スタートしました!」のストーリーや、春練開始のブログを見て、あぁ、もう新体制なんだなぁとしみじみしている今日この頃です😌
引退ブログらしく、まず最初はちょっと昔話をしたいと思います🤏
私は、夏からの途中入部でした。
部活のマネージャーやってみたいな~という気持ちはありつつ、文化祭実行委員とダンスサークルにも惹かれていると気づいたら新歓の期間は終わっていて。
大量にもらったチラシを部屋に放置したまま、1ヶ月が経っていました。でもなんか、物足りないな~って思い始めて、チラシの束を漁って見つけたのが、ホッケー部です笑
今まで、「一緒に行かない?」って誰かを連れて行ったり、誰かに誘われたから行く、で行動することが多かった私が、一人で決めて一人で連絡して一人で乗り込んだのはなかなか初めてなことで、自分でもその行動力には驚きました。X(多分その時はまだTwitter)で返ってきた丁寧でやさしい返信を、今でも覚えています。あれはひいろさんだったとあとから聞きました。私の入部の原点です🌱ありがとうございました😌💓
春リーグ期間だったこともあり、体験に行けたのはオフも間もない6月頃でした。そこで初めて仲良くなったのが、唯一その日いた同期マネ、はづきです笑
これは本人にも伝えていますが、あの時はづきがいなかったら入部しているかは分かりません。
もちろん部活の雰囲気とか、マネージャーの仕事とか、自分がここで頑張りたいと思う理由はたっくさんあったからこその決断だったけど、この子が同期でいてくれたら楽しく頑張れるかもって思えたのは、かなり大きかったです。
あの時「入ってよ!」って声をかけてくれて、ありがとう。4年間たくさん救われました。
一緒に最後までやり切れてよかった!!!
さすがにまだ車で来ている同期はいなかったその日の部活帰り、みんなでバスに乗って帰ったのを今でも覚えています。志木のバス停でしばらく質問攻めにあって、面白い同期たちだな~と思っていました。みんなもうすでに仲が良さそうで、この中にこれから入っていけるのかなと少し不安に思っていたことも事実です。そんな心配は無用でしたが!そんなこんなで入ったホッケー部ですが、正直1年やって楽しくなかったらやめようと思ってまし
た。
ただその分、1年はなにがあっても絶対やめないで頑張ろうと決めていました。
入部してすぐは全部初めてのことだらけで、ついていけばよくて、掛け持ちしていた文化祭実行委員との両立も、忙しい〜とか言いながら難なく楽しんでいました。だから1年なんてあっという間にすぎていて、気づいたらホッケー部は自分の居場所って言えるくらいの場所になってました。
入部してからの初部活はなんとホケフェスでした🏑
なのでこのイベントは思い入れもあり、大好きな行事です🙄 結局なんの賞も取ることはできなかったのが悔やまれるところ… 点は取れませんでしたが、「いまりなめっちゃスティック下がってる!」ってよく褒められてたんですよ^^
毎年本当に楽しかった!!来年ももしかしたらいるかもしれません😀そして、夏合宿からは「広報」という大きなやりがいも手に入れました。思えば、あそこで「やりた
いです!」って言えて本当によかったと思っています笑
こんなに自分が広報という仕事にのめり込むとはこの時の私は想像していませんでした😂
Instagramの投稿を作り始めた1年生の時、まだ同期の写真なんてもちろん全然なくて、いつか同期がメインの投稿を作るのをこの時から楽しみにしていたので、最後の試合で、同期だらけのカウントダウンを作れたことは、私の中ではかなりエモかったです🫧
ここで、私の記念すべき第一作ストーリーでも載せておきます笑
テンプレそのままで、今見たらまだまだすぎるクオリティですね笑
ここから大きく成長できた理由としては、この時一緒に広報として頑張っていたえいかとひかるの力がとても大きいです。「ここもうちょっとこんなふうにしたらいいんじゃない?」とか、「これめっちゃ大変だったっしょ!」「最高!」とか、アドバイスし合って、褒め合って、そのおかげで、もっといいものを作ろう、2人に負けないものを作ろうというモチベーションにもなりました。2人との3人のLINEグループは、1年生の時から変わらず「1th広報」という名前で今でも残っています笑 …ちなみにアイコンはマキさん(小声)
2人が広報という肩書ではなくなってからも、アドバイスをくれたり、困った時相談したり、感想を伝えてくれたり、変な会話してたり、4年間たくさん支えられたグループです。とってもお世話になりました!!これからも1th広報でい続けようね(?)
広報に入ってくれた後輩たちも、作れば作るほどクオリティが上がっていって、私の自慢のメンバーです。
最初はそこまでこだわりを持っていなかった子も、「ここもうちょっとこうしたいんですよね~」みたいな相談に来てくれた時、ものすごく嬉しかったのを忘れられません。ひなこが作った新歓PVや引退ムービーは、私も動画を作ってきた経験があるからこそ、どれだけ
時間をかけて、どれだけ心をこめて作ってくれたかがひしひしと伝わってきて、何度見ても感動してしまいます。
それからそれからリスポの皆様!!!
引退してからもお写真を撮りに来ていただき、最後の試合まで足を運んでくださった山岡さん。
そして山岡さんから引き継がれた後も、毎試合欠かさず試合に足を運んでくださるリスポの皆様には感謝してもしきれません。試合の情景が浮かんでくるような素敵な記事を書いてくださり、ホッケーのことをよく知ってくれているんだなと、毎回とても嬉しい気持ちになっていました。
これからも皆様のお写真と記事を楽しみにしております…!そして、私の広報人生を語るに欠かせないのがマキさん、ひとっちゃんさんの存在です。
お2人には本当にお世話になりました。
私が広報の、写真動画編集のいろはを教わったのはマキさんです。マキさんの作る動画は本当にすごくて私なんか足元にも及びませんが、こんな風にプレイヤーのモチベになるものを作りたいという目標になっていました。
私は、マキさんが創り上げた広報を受け継ぐことができていたでしょうか😂
お二人が富士見に来て下さる時、私が挨拶すると「お!今日いまりないるの!」って言ってくださるのが毎回すっごく嬉しかったです☺
マキさんとひとっちゃんさんの写真に映るみんなは、プレイヤーも、マネージャーも、本当に活き活きとしてて。嬉しい時、悔しい時、楽しい時、
一瞬一瞬の思い出が詰め込まれているお二人のお写真が本当に大好きです。
ホッケー部として被っている時期はなかった(ひとっちゃんさんにおいてはホッケー部だったわけではないのに…!笑)私たちの代のことまで、1年生の時からずっとずっと見守って下さり、最後まで応援し続けてくれたお二人に、感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。広報の仕事は、別に無くても部活は成り立ちます。でも、そのプラスαがあるからこそ、チームが強くなるためのなにかに貢献できることがあると私は思っています。ここまで大きく築き上げてきた広報を、今後もずっと引き継いでいってほしいなと強く願っています。
学年があがるにつれて、広報以外にも仕事や責任が増えて、全てが楽しいというわけにもいかなくなってきました。
自分ができないことにも直面したし、マネージャーという立場の難しさにもぶつかりました。自分は特に、スポーツの経験者ではなかったこともあり、スポーツならではの悔しさとかマイナスな気持ちを、理解し切ることはできなくて、というか、「分かるよ」とは言ってはいけない気がして。
自分がプレイヤーという同じ立場だったらな、と思うことすらありました。
きっと誰もが通る苦しい期間に直面したプレイヤーに、どう声をかけたらいいのか、自分はどう行動すればいいのか、すごく悩んだし、結局答えは見つからなかったです。でも、明るくいようとは決めていました。それが正解だったのかは分からないけど、空回ってたときもあったかもしれないけど、それが自分にできることかなと思って、4年間を過ごしました。
それから審判が、本当に難しかった!笑
一年生のときは自分が審判をうまくできないことに悔しさを感じるなんて思っていませんでした。
堂々とできず、正確でもないジャッジをしてしまうことが本当に毎回悔しかったし、ふがいなかったです。
今だから言えるんですが、練習時間が短かった去年の夏練、練習後にこっそり居残って女子部で審判の練習をさせてもらったりもしてました…。それなのにこれ?って思われそうで言えていなかったんですが笑
このブログを読んでくれているかは分からないけれど、あの時親身になってたくさんアドバイスをしてくれた女子部マネのはるなちゃん、そして女子部のみんなにも、あらためて感謝の気持ちを伝えたいです。ちょっと話は逸れるんですが、審判を練習し始めて、なんだこの難しい競技はって改めて感じて
笑 こんなに頭を使いながら走って、指示をして、闘っているプレイヤーってほんとにすごいことしてるんだなってそこでさらに思ったんです。
MTGや練習中、たくとかあさひとかがよくボードを使って動き方や戦略の話をしているのを見ていましたが、「え、これ頭に入れて動いてんの?」って本当に脱帽でした。それを考えて説明している2人もすごいなと思ってたし、聞いて、実践するみんなもめちゃめちゃすごいです。なんかもう、本当にすごいことをしています。
語彙力が無すぎてすごいとしか言ってませんが、そのおかげで、マネ仕事もっと頑張ろうって想いにも繋がっていました!!
結局まともに吹けるようにはならなかったけど、そんな私にも「笛お願いします!」って頼んでくれることが本当に嬉しかったです。なかなかお役には立てずで、ごめんなさい。
練習以外でもレクチャーしてくれたりLINEでもすぐ質問に答えてくれたプロ審判ひかるや、練習試合中も「りな自信持って!」と鼓舞してくれたしゅうと、よく隣で一緒にサポートしてくれたたけるや古谷をはじめ、「強く言っちゃってごめんなさい」とかをわざわざ伝えに来てくれたり、「いまりなさんナイスジャッジ!」って励ましてくれたりしたみんなに、すごく助けられました。ありがとうございました…!写真を選びながらブログを書いてると、色んなことを思い出して話したいエピソードが増えますね笑
まだ2年生のときの平日練、毎週自主練をする同期と一緒に残ってPCやSOの笛を吹いたこと。
「マネージャーで自主練残るなんてえらいね」って、感謝してもらえたり褒めてもらえたりしたことも
あったけど、実は同期と一緒に帰りたい、同期とご飯に行きたいって気持ちが強くて残ってたのもあるので、全然えらくはないのです笑
みんなが上達していくのを間近で見れてたあの日々が本当に楽しくて、私は大好きでした。
一緒に帰って、「飯どこ行く~」ってお店じゃんけんをしたこと。
秋リーグ前、夜な夜なプレイヤーへの御守り作りをしたこと。
うちの同期は人数が多くてほんと大変でした笑 4年にもなったらサプライズでもなんでもなくなるんですけど、毎回喜んでくれるのが嬉しくて、全然苦じゃなかったです。いや、苦じゃないは噓かも。
築地で朝活して池袋の授業を受けたこと。
相模湖でスワンに乗ったこと。
大量のユニフォームとビブスを洗いきるためにアパのランドリーを駆け巡ったこと。
乾かなかったてるさんの靴下を朝からドライヤーで全力で乾かしたこと。
深夜に伏見稲荷大社に行ったこと。
座キャンで授業を受けた後に横浜に行って占いしたこと。
藤波の誕生日サプライズを4号館でやったこと。
境町のビデオ台に、同期みんなで登ったこと(マネしないでください)。
ほんまの部屋をマック臭でいっぱいにしたこと。
手に穴があいたこと(?)。
みんなでディズニーで乾杯したこと。
2部優勝も、あと1歩の悔しさも、みんなと味わえたこと。まだまだありますが、このへんにしておきます。
部活でもそれ以外でも、ホッケー部に入ったからできた思い出がたっくさんあります。
3年生になったくらいから、それぞれが抱えている責任にも差が出てきて、就活で忙しくもなって、
少しだけ距離ができてしまったことが寂しかったです。
その期間は、私も文化祭実行委員の方では最高学年になっていて忙しさも責任も増してたり、就
活とか、人間関係とか家の事とかも色々重なって、4年間で1番苦しい時期でもありました。
もう結構無理かもって思った時も乗り越えられたのは、今自分大丈夫じゃないってことを言える人の存在があったからだと思います。誰かに話せたから、普段大丈夫な状態でいれたんだなって、思います。だから、自分が大丈夫じゃない時に「今自分大丈夫じゃないです!」って言える人が、どのコミュニティでも、1人でもいいから、みんなにもいたらいいなと思うし、大丈夫じゃなさそうな人がい
たら、その人に声をかけてあげられる人が増えたらいいなって思ってます。
こんななんか偉そうなこと言えるようになったのもホッケー部での経験があったからこそですね😅
夜に書いてるので、じゃっかんクサいのは大目に見てください!笑
まとめるのが下手すぎるくせに喋るのは好きで、こーーんなに長くなってしまいました!笑
最後まで読んでくれた方は、本当にありがとうございます😂
「楽しかった」とか「充実していた」なんて一言では表せないくらいの4年間をくれたホッケー部に感謝の気持ちでいっぱいです。
最後になりますが、試合や富士見グラウンドに足を運んでのご指導や、離れたところからもご支援をしてくださっているOB・OGの皆様、コーチのまゆみさん、たいちさん、浅見さん、合宿や遠征でお世話になった施設の皆様、試合に来てくださった応援団の皆様、支えてくださった全ての皆様に、心からお礼申し上げます。これからもOGの1人として、ずっとずっと立教男子ホッケー部のことを見守っております。
インスタもブログもYouTubeライブも見ます。
これからも頑張れ!!!!
4年間ありがとうございました。
4年 今井里菜
写真付きのブログはこちらをぜひご覧ください! →https://ameblo.jp/rikkyo01hockey/entry-12957562376.html

コメント